「うつ」と共に生きるナースマン🌸はなまるの『健康で幸せに生きる方法🌈』心と身体の健康を一緒に保ちませんか☺✨

うつ(双極性障害2型)で苦しみ、精神科での勤務経験もある30代の男性看護師です。双極性障害の当事者団体でも活動しています。病気をしっかりコントロールして心も身体も健康に保ち、幸せになるためにはどう生きたら良いかを考え続けています。実際にやってみて効果があったこと、今考えていること、学んでいること、BOOKレビューなどを紹介していこうと思います。ようやくできました…ダンコたる決意ってのが👍

私が恐怖した「フレイル」という言葉。

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「フレイル」は、年を取るとともに、運動機能や認知機能等が低下して、生活の機能が障害され、心身がもろく弱くなってきた状態を言う。しかし、適切な介入や支援により、生活機能の維持向上が可能な状態像と定義されている。介護が必要になる一歩手前の状態ということだ。

この言葉は以前から知っていた言葉だったが、まさか、私もフレイルの恐怖を味わうことになるとは夢にも思わなかった。

前回の休職から今の職場で働くまでの期間が約5か月あった。休み始めた最初の頃は、心身共に弱っており、家でぐったりとして過ごしていた。1週間か2週間おきにかかりつけのメンタルクリニックに受診していたが、薬が少しずつ増量になっていった。先生が増やしたい量まで増量していくのには、一気に増やすことはできないので、少しずつ、数ミリグラムずつしか増量できずに薬の調整に時間がかかったし、その薬に体が慣れるまでが大変だった。

まずは、頭がボーッとしていること。これはうつ状態だったことも関係していたと思うが、薬の増量でボーッとして少し眠いような状態だった。判断力が低下したり、判断するまでに時間がかかった。そして、手先の震え。手先が少ししびれているような状態で震える。これでは、細かい作業ができない。頭痛。特に後頭部から首の後ろ側辺りの頭痛がひどく、ロキソニンを頻回に飲んでいた。頭痛と不安で夜もなかなか眠れなかった。また、光がとてもまぶしく感じることもつらかった。陽の光がとてもまぶしく感じたり、室内でも明るい部屋ではまぶしく感じ、とても不快な状態だった。最もつらかったのは、小さな文字が読みにくくなってしまったことだった。私は読書が好きなのだが、とにかく文字が文章が全く頭に入ってこなくなってしまった。文字をただ見ているだけ。焦点が合わないような感覚。元気な頃のようにスムーズに文章が読めなくなったことが本当にショックだった。

こんな状態で職探しをするために、ハローワークへ通ったりしていたのだが、なかなか自分の思う条件の求人がなかった。

今考えると、あんな状態でハローワークに行ったり、子どもの送り迎えや家事をしたりとよく頑張っていたなと思う。

今勤務している職場の前の職場では、以前お伝えした通り、病気のことを打ち明けると、自主退職を迫られ退職しており、1ヶ月程度の研修程度だったため、とても仕事をしたとはいえない期間だった。

なかなか職が決まらない私へ主治医がこういった。

「あなたもご存じの言葉だと思うが、一番怖いのは『フレイル』なんよ。早く仕事に就いた方がいい」

フレイル。これは、高齢者だけに使われる言葉だと思っていたが、まさか私が直面する問題になるとは思わなかった。

先ほどお伝えした体の不調が永遠に続き、このまま廃人のようになってしまうのではないか?

一生仕事も出来ず、家族も守れず、このまま・・・。

心の底から恐怖した。

そして、私は今、介護が必要になる一歩手前の状態から生還し、元通りの生活を送ることができている。