「うつ」と共に生きるナースマン🌸はなまるの『健康で幸せに生きる方法🌈』心と身体の健康を一緒に保ちませんか☺✨

うつ(双極性障害2型)で苦しみ、精神科での勤務経験もある30代の男性看護師です。双極性障害の当事者団体でも活動しています。病気をしっかりコントロールして心も身体も健康に保ち、幸せになるためにはどう生きたら良いかを考え続けています。実際にやってみて効果があったこと、今考えていること、学んでいること、BOOKレビューなどを紹介していこうと思います。ようやくできました…ダンコたる決意ってのが👍

私はなぜ復職せずに転職を繰り返したのだろう?というお話。

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私がうつで休職後、復職したことがありません。長期の休職後、私は転職するという決断を繰り返しました。私がなぜ復職せずに転職を繰り返したのか理由をお話します。そして最後に、私の反省点とどうすれば良かったのかを検証したいと思います。

ご存じの通り私は看護師であり、看護師1年目の頃から夜勤のある交替制勤務をしてきました。看護師となった3年間は同じ病院で勤務していましたが、その間は調子を崩しても1週間程度の休職を1度した記憶はありますが、何か月も休んだことはありませんでした。ただ、調子の波は他の人よりあるなと感じることは多々ありました。

そして、県外へ転居のために別の病院に移ったのですが、私としてはステップアップの意味もありました。田舎から都会の病院で勝負したいという想いがあったのです。そこで超急性期の部門に配属になり、急性期のカッコいいナースマンとして成長するんだという想いが強くありました。覚えなければならない事も多くありましたし、判断力のスピードも求められるし、重症の患者さんばかりなので、精神的には非常に厳しい環境でした。

しかし、結果として2ヶ月目でうつ状態となり休職することになったのです。まだ見習いだったので夜勤をするところまでは行っておらず、日勤だけの業務だったのですが、精神的に追い込まれ、夜も眠れず、頭が回らなくなってしまいました。私のショックは大きかった。意気揚々と乗り込んだ私だったのですが、現実は甘くなかった。

そして人生で初めて長期の休職となったのです。以前から薬の内服をしていましたが、この時点で初めて医師から「双極性障害2型」という私の病名を聞いたのです。医師から病気について詳しく説明を受けたと思うのですが、よく分からなかったし、受け入れることもできませんでした。むしろ受け入れたくなかったのだと思います。

長期休暇に入り、主治医と今後をどうするか相談した結果、退職し病院を変わるという決断をしました。忙しい急性期の病院でなければ、夜勤はあったとしても比較的ゆったりと仕事をできると思ったのです。

この最初の休職から私が復職しなかった一番の理由は、「もうみんなに合わせる顔がない」と思ったことでした。単純に恥ずかしくて逃げたかった。今考えると、その理由が一番になってしまったのは、大人げなかったと思う。超急性期のストレスにはもう耐えられる思わなかったので、同じ部署では働けなかったにしても、自分の脳と体の状態を考えて、同じ病院のどの部署なら私が働けるのか考え、上司としっかりと相談し復職することを考えなかったのは、やはり良くなかったと感じています。変なプライドがあったのでしょう。厳しい言い方をすれば、病気があろうがなかろうが関係なく、私は社会人として失格だったと思います。

4ヶ月程度の休職期間を経て、次の病院に入職したのですが、ここでも1年持たずうつ状態となり休職してしまいました。私は絶望し生きる希望を失いかけていました。看護師として私はもう働けないのではないかと感じました。そして休職期間に今後どうするのかを主治医と話し合ったのですが、ここで私はまた逃げてしまったのです。

「別の場所に行けば私は普通に看護師ができるはずだ」と思いたかった。しかし心の中では、これで失敗したらもう看護師としては生きていけない。ラストチャンスだと思っていました。ただ、この時点の私は「双極性障害2型」という病気をまだ理解することができていなかった。

数か月の休職を経て4ヵ所目の病院に転職しましたのですが、とても心苦しかったのが、ここでの入職時の面接でした。なぜ私がこの病院を希望するのかという問いに対し、本当の事を言えなかったから。病気の事は絶対に隠さなければならないと思った。ただやる気はあるんだということをアピールするしかなかったのです。

ラストチャンスだと感じていた私は全力投球しました。今の私なら「はなまるよ、そうじゃないんよ。気持ちは分かる。でもお前はそれでは生きていけないんだ」と言ってやりたくなります。2年間耐えに耐えたのですが、結局私の脳と体はボロボロになり休職しました。そして、相も変わらずバカな私は、復職せずに退職することを選択してしまうのでした。

私のその後の事は、『暗い海で溺れていた頃のお話。』という記事に書いております。

ー今になって分かる私の反省点ー

①自分の病気の受け入れができていなかったこと。むしろ受け入れなどしたくなかったと感じてしまっていたこと。
②環境を変えれば、普通にまた看護師を続けることができるだろうと安易に考えてしまっていたこと。
③復職することを恥ずかしいとか、負けだとかそんな風に感じてしまっていたこと。
④病気のことを入職時に面接で話しておくべきだったこと。
⑤看護師免許があれば転職がしやすかったため、それに甘えてしまったこと。
⑥家族がいるのに、自分本位な選択を繰り返してしまったこと。

ーどうすれば良かったのかー

①自分の病気を受け入れるはことは簡単なことではないと思うのですが、やはり主治医の話をもっとしっかりと聞いて、自分でも病気について調べるなどして知識を増やし、もっと早い段階で病気と付き合って生きていくんだという状態に自分をもっていく必要があった。
②環境を変えたとしても病気を受け入れることも出来ておらず、また夜勤の伴う同じような環境に身を置いたとしても同じようにうつ状態になることをもっと早く理解しなければならなかった。
③休職することは職場に迷惑を掛けること。病気のあるなしに関係なく、安易に退職することを選択するのでなく、もっと職場と話し合いをするなど、しっかりと職場と向き合わなければならなかったこと。
④入職時の病気のカミングアウトは賛否両論あると思いますが、私個人の意見は、カミングアウトして自分のできること、できないことをしっかりと職場に伝えておくことが職場の理解も得やすく、長く自分が働くことができるかどうかを左右する大切なことだと思います。
⑤看護師免許に甘えてはいけなかった。看護師免許があれば解決するという単純なことではなく、私自身の力で解決しなければならない問題がたくさんあるということを理解しなければならなかったこと。
⑥家族と真剣に向き合わなければならなかったこと。私ひとりで何でも決めるのではなく、妻としっかりと相談した上で決断を下していかねればならなかったこと。